中小企業診断士のこと

今も会うのは、やはり大学時代の友人が多いか。

もともと中小企業診断士の資格を有している友人はいた。

(ちなみに彼は、全国通訳案内士の資格も有しているという)

そして先日、また別の友人が、中小企業診断士の資格を取得した。

かれこれ10年かかったという話である。

学び直し(というのともちょっと違うか?)の姿勢には、

大いに刺激を受ける、もうそんな年齢でもあるのだ。

ワタシを含め、全員が元・経営学部生でもあることからか、

かつて学んだ内容を、もう一度思い起こすのにも、

中小企業診断士という資格には、挑む価値があるという話になった。

それを受けて、(あっさり)感化されたという次第。

そう、きっかけはこんなものであるのだ。

そして、会社の通信教育で、公的指定資格にも含まれていることを知り、

半分は会社が負担してくれることと、いざ試験となれば、

2、3回くらいまでなら、業務扱いで受験もできるという。

なかなかに魅力的だと思ったのも、きっかけである。

時に、「好きなこと」と、「得意なこと」というのがある。

これが一致すれば、ある種理想かもしれないが、

往往にして、そうはいかない。

まあ、決して、経営学が得意なこととは言わないものの、

まったくの学び初めというのとも、ちょっと違うわけで。

果たして、参考書のページを繰ると、まあ難しくはあるが、

何というか、懐かしさのようなものも感じられた。

これなら続けられそうと思えたことも、やはり大きいと思えた。

そもそも当ブログも、きっちりと資格を取ってから始めるのが良いのだろうが、

その経緯というか、プロセスのようなものも綴りたいと思うに至った。

2019年7月あたりから、通信教育をスタートさせることにしている。

その前段というわけではないが、経営学検定のテキストを読み込んでもいる。

できれば、一撃で決めてしまいたいとは思っている。

備忘録的なものも含め、キワダチ開業前からの、

ブログ執筆をスタートさせることにしたので、お付き合い願いたい。

「全身表現舎 キワダチ」開業にあたり

「人生100年」といわれることが多くなった

今日この頃、ワタシ自身、もうすぐ半分を迎え

ようとするタイミングにあって、なんとなく、

いろいろと考えることが多くなった。

「何者にもなれていない自分」

ふと、そんなことを考えるようになった。

(実は、こんな記事を見たことも無関係ではないが。)

https://toyokeizai.net/articles/-/256826

そして、「このままで良いのか?」と、強く想うようにもなった。

思えば、大学卒業後、社会人になり、追われるように過ごしてきた会社員時代。

(今も、そうではあるが。)

オーバーワークの果てに、自身の健康を害し、

それと同時に、家族も倒れたりして、

介護の問題も重なってしまった。

そのような中で、仕事への復帰の道をさぐる一方で、

家族との別居も困難になってしまったため、

正社員から、転勤のない嘱託になることを決めた。

そうすると、当然ながら、収入は大きく減ってしまった。

ただ、一つ増えたものがある。

時間である。

(時間が増えるというのも変ではあるが。)

そして、家族の介護問題も、山場を超えて、

「自分の時間」を持てるようになったのである。

いわゆるミニマリズムにも傾倒し、暮らしを整えていく中で、

何かにチャレンジしたい気持ちが、

そう、何者かになりたいという気持ちが、湧いてきた。

「副業元年」と言われ出した頃から、

収入を補填するものとして、副業には興味があった。

他方、自分自身のこれまでの振り返りと、

これからの展望を考えるにつけ、羽陽曲折を経て、

「中小企業診断士」と「全国通訳案内士」を目指そうと思うに至ったのだ。

(学生時代の友人も、相当あるが)

残りの人生を、全身全霊で表現していきたいという想い。

人は誰しも、表現者であるのだから。

四角大輔氏の言葉には、胸を打たれた。

屋号を「全身表現舎キワダチ」と定めて、

上述の資格取得後の開業といきたかったが、

その途中経過をつづるのも面白いと考えた次第である。

(自身の備忘録的な意味合いもあるが)

もともと、ミニマリスト・ブログを綴っている。

そちらを交通整理し、もろもろの活動(のようなもの)を、

キワダチのブログに移管した次第である。

(初めての複数ブログの運用というやつである。)

ぜひとも、お付き合いいただければ、幸いである。

2019年3月26日 48歳の誕生日に。