閑話休題

私の会社にも、副業解禁の波

ようやく、か。

否、何かと保守的と言われる食品業界の中では、早かったりして。

今の所は、申請や審査は必要なものの、

就業規則の中で、”副業のススメ”ということで、

近頃、舵を切った。

まあ、申請や審査は、今後も必要になるかと思われ。

それにしても、我が社的にも、副業はやむなしというか、

会社にとってもメリットあり!と踏んだのか。

それにしても、大きな一歩と言えるのではないかな。

ワタシが学生だった頃から、日本的経営の終焉など、

そんなフレーズがチラホラ出ては、いた。

(平成6年に、社会人になった世代である。)

ただ、「変わる」というか、「変える」というのは、

いつの時代においても、難しいものでもある。

そういえば、2017年は、「副業元年」と言われていたか。

2019年、そう思えば、まだ早い方かもしれないか。^^;;

ワタシからすれば、待望の、といった感じか。

とは言え、当方・「全身表現舎キワダチ」も、まだ起業には至っていない。

(全国通訳案内士試験も、残念ながら不合格であったし。)

ただ、来るべき2020年には、何としても通訳案内士になって、

まずは、会社に副業申請したいと思っている。

また、中小企業診断士の試験にも初チャレンジするつもりでもあるので、

キワダチを開業にこぎつけて、ワタシも副業をスタートさせたい。

変化の波の、”際”に立って、人生100年時代を駆け抜けたいところ。

当サイトのデザイン変更を画策中

正式に開業したら、と考えているが、

いつも頭の片隅にあるのが、サイトのリニューアル。

Word Pressのテーマのサイトなどを時々チェックして、

候補に挙げているのは、ずっと変わらずAGEMDAである。

ただ、サイトいじりにまで手を出すと、

輪をかけて忙しくなりそうなので。^^;;

「具体的なイメージを抱き続けること。」

継続には、これが必要。

ダイエットも然り、というし。(笑)

そう、体重も一頃からすると、随分と落とせた。

シュッとした自分を、イメージし続けた賜物と言える。

第9回大阪マラソンまで、これも継続取り組みを。

せめて、ブラマヨの小杉より、早くゴールしたい。(笑)

勉学も、スポーツも。文武両道で。

今年も残すところ、と言い始める今日この頃

地元のだんじり祭りが終わると、完全に秋モードである。

残念ながら、事故により強制終了となってしまったが、

亡くなられた方がいなかったのが、せめてもの救いか?

大阪・堺でだんじりが電柱に衝突、屋根が壊れ9人けが

とにもかくにも、令和元年もあと残すところ、、、、

なんて言い始めるのが、ちょうどこの辺りからである。

まず、全国通訳案内士試験の、一次試験の合否発表が近づいている。

日本史の採点がどうなるのかはともかくとして、

合否はどうあれ、二次試験の準備も、何とか。

また、中小企業診断士の通信教育も、どうにか進めている。

企業経営理論、財務会計、運営管理の3科目を終えたが、

これはなかなかに、骨が折れそうではある。^^;;

この上まだ、4科目もあるのか?と思ってしまうが、

ここは怯まず、継続していきたいところ。

それに、現在所属している企業でも、

いよいよ副業解禁となったので。

「これからの人生、自分はどうありたいのか?」

未来は、予測するものではなく、描き出すもの。

令和元年も、巻きを入れて、駆け抜けたいところ。

(遅ればせながら)わが町に、世界遺産が!

地元は、結構、盛り上がっている。

百舌鳥・古市古墳群が、いよいよ世界遺産に!

長い取り組みが、実を結んだと言える。

空中から見てこその醍醐味とも言えるので、

飛行機がヘリなどが、ブンブンと飛び交うことになるのだろうか?^^;;

とはいえ、地上の整備も不可欠である。

なにせ、思いっきり住宅地にあったりするので。^^;;

ワタシも、何かのお役に立ちたいと思う。

まずは、全国通訳案内士試験を突破したい!

よく走るランニングコースでもある、御陵さん。

日本の観光立国化に向けても、そして、大阪から初めての世界遺産という点でも、

実に、大きなことであると思う。

(それなら、もっと早くブログ化しろよと、言われそうであるが。)

そして、古市の方にも、ぜひ行ってみたいものである。

まずは、良かった!

家族のことを少し

本日、ワタシと母と、障害者の弟とで、

特別養護老人ホームにいる父を訪ねた。

弟も普段は、障害者施設に入居しており、

実家には、ワタシと母の二人である。

長らく、ワタシが転勤先にいたので、

父の介護は、もっぱら母任せであった。

そんな中、ワタシ自身が体調を崩したのと、

母も過労がたたったりしたのが重なって、

家族のゴタゴタとバタバタが重なった時期があった。

高齢化社会でもある我が国において、

何もワタシのところだけが、特別ではないと思う。

ただ、自分たちでできることはともかくとして、

どうにもならないことは、人の助けを借りて、

ここ数年は、ワタシ達も落ち着きを取り戻した。

生まれながらの障害児である弟も、

比較的実家から近いところで、施設に入れたし、

父も、どうにかこうにか、今の特養に落ち着けている。

ワタシも、そして母の体調も、近頃はすこぶる良い。

家族4人でやってきたが、ライフステージの進展とともに、

変わっていくことも多いし、変化に対応していくことも求められる。

受け入れたくない現実もなくはないが、

一度壊れかけた家族というものを、全員が歳を重ねた中で、

もう一度やり直している、何だかそんな気がしている。

今回のような長い休みには、父の元に行くのが定例になっている。

朝から、近所のダイエーでお寿司などを買いこんで、

タクシーに乗り込んで、お昼前には到着している。

だんだんと認知の気もあるのだろうか。

会うたびに父親の衰えが見て取れる。

ただそれでも、家族が揃えば、やはり笑顔になるというもの。

令和になっても、これ幸い、まだ同じことを繰り返すことができている。

しかしながら、あと何度、こういうことができるだろうか?

何だかそんなことまで考えてしまう今日この頃ではある。

上を見ればきりがなく、それは下を見ても、また同じ。

ワタシたちは、初めからこういう家族であったのだと。

それがまた、ワタシたちには丁度いいというか、

おそらくは今、幸せなんだと感じている。

残された時間、できることは全部やる。

それでも、きっと後悔は、ゼロにはなるまい。

それはそれで良いと思うことにしている。

訪問するたび、そんなことをあれこれと考える、

ワタシ自身も、確実に歳を重ねているのだから。

次回は、八月のお盆の頃あたりだろうか。

家族全員で、コンディションを整えて、

残された日々を慈しむよう、過ごしてみたいと思う。

余談からの、閑話休題。